経理パートナーズコラム
巣立ち(R7.8.1)

私事にはなりますが、8月15日を持って退職することと
なります。
4年以上勤めることができたことは私としては本当に
色々な体験を積むことができました。
私が野球人で一番慕う故星野仙一氏の
「私ほど中日ドラゴンズファンに愛された男はいないと自負しております」(中日監督退団時のインタビュー)
「(涙ながらに)本当に…本当に…楽天イーグルスの監督になって良かった」(楽天イーグルス退団時のスピーチ)
そんな堂々としてカッコイイ位のインパクトを残せたのかどうかは
後々の人が判断することになりますのでその話は置いておいて・・・私が星野監督を尊敬する理由は2つあります。
①正直であること
②出し切っていること
この2つに尽きます。
今年は阪神タイガースが独走状態を続けています。
球団創設90周年を迎えていて、投打ともに充実した陣容で他の球団を寄せ付けない強さです。
ですが、そんな阪神タイガースも1990年代から2000年にかけてセリーグ球団のお荷物と言われていた時期がありました。
内部抗争、人事の主導権争い、選手たちの戦う気持ちの低さ野村沙知代の脱税問題などもあって
野村監督が辞めざるを得なくなったとき、当時の阪神タイガースの久万オーナーが星野監督に
「タイガースのことについて話を伺いたい」
という話があったとき、星野監督は正直に応じました。
以下その内容です。
星野:「オーナーになられて何年になるんですか?」
久万:「17年かな」
星野:「その間、優勝したのは何年ですか?」
久万:「初めの1年だけや。オーナーになって初めての年、昭和60年の吉田(監督)の時やった。
1985年ちゅうことになるか」
星野:「それからずっと低迷のしっ放しですよね」
久万:「そうなんや。」
星野:「その低迷の責任はオーナー、失礼ですがすべてあなたの責任ですよ。タイガースの人作り、組織作りを
オーナーは真剣にやってこられたんですか。球団社長以下の人事からカネから、すべてを握っておられる
これはみんなオーナーの責任ですわ。野球を知っている、知らないでいるの問題ではありません。
大電鉄会社を率いながら、その一方で球団の掌握と経営とは随分おろそかにされてきたんじゃあないですか」
その会話のあと80歳を超えている久万オーナーが話の途中に黙りこくって動かなくなる。
星野監督は「無礼者っ!もう帰ってくれ」と言われる覚悟もしていたそうです。
そして、しばらくあれこれと思案していた久万オーナーが
「うーん、まあ、これはあんたのいう通りやなあ。…1年目にすぐ優勝して楽観的になってしまっていたというか、
球団に関してはついイージーになっとったかもしれん」
上の人は耳当たりのよい情報ばかり欲しがるという。上の人に対しては良くない情報や耳の痛い話をするのは
タブー視されがちだが、大半の経営者は、しかもトップクラスになると、熱意や誠意のこもった妥当性のある
意見は9割方は聴くものだ。
だからいつも率直に遠慮なく言うのだと星野監督はその時の気持ちをつづっています。
それから1か月ほどして久万オーナー直々の出馬による星野監督就任要請がきたとき
阪神タイガースは断崖絶壁の上に真剣に「変化」を望んでいるのだと思った。
これは本当に素晴らしいことだと思う。
人は絶望し、崖っぷちに立たされた時、物事を真剣に考えるようになると
私は思っています。
本当に強くしたい、強くなりたいという「覚悟」を持たなければ物事は前には進んでいかないのです。
前を向いてやる。その気持ちがなければ世の中生きていくことはできない。
それはどの世界でも同じことだと思います。
だからこそ、自分の人生は自分で切り開いていかなければならないのだと思っています。
私は8月15日で退職しますが、後悔はしていません。
やるべきことをやり尽くした。
あとはそれを次にどう生かし、切り開いていくのか?
日々このことを考えるだけです。
周りの方々には本当にお世話になりましたという感謝の気持ちと次の職場でも
やってやるぞという気持ちだけです。
4年半近くいたものとして恥じない働きを全うするだけです。
本当にお世話になりました。












